政治は謀略の歴史 

政治は、過去も現在も未来も謀略の産物である。政府から、マスコミから、個人・団体からあらゆる情報がリークされ、一般人にはどれが真実なのかはわからない。独自の分析を加えることにより、少しでも真実をあぶり出そうとするブログです。

大阪万博2025 ベンチマークは?

大阪万博2025のベンチマークを、何にすべきなのか?

基準として考えるべき万博は、やはり大阪万博1970だろう。

近年の上海万博、ドバイ万博など、国も違い、条件も違いすぎる。愛知万博、つくば博なども立派だったが、大阪という地域を考慮するとベンチマークとしては難しい。

大阪万博1970年は、今から約50年前に千里で開催された国際博覧会。行った人間には、強烈なイメージが残っている。物凄い人混みと月の石。冷戦時代を象徴するソ連館とアメリカ館。40万人、50万人の入場者がいても入って並んだ。人気のない中小国、パビリオンも新鮮だった。万博とは?と問われても、高尚な理屈で振り返るより、それぞれの体験を繋ぎ合わせて語るしかないのである。但し、1970年には、東京ディズニー、USJもなかったのである。

大阪万博2025は空前絶後の活況を呈するだろう。当初の入場者目標2800万人は、官僚の作文だろう。大阪万博の6400万人をベンチマークに全てを設定しないと、とんでもないことになる。毎日35万人以上のお客様を迎える態勢を造ってもらわねばならない。

大阪万博1970の外国人入場者数は、170万人と記録があるが、大阪万博2025では、低めに見ても1000万人の外国人入場者数を見込んでおくべきだろう。

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バルセロナ カサ・ミラ

バルセロナアントニオ・ガウディカサ・ミラなどは、万博の素晴らしい方向性を示している。近代都市の一角で、中規模マンション位の規模で、物凄い数の観客を捌いている。ベンチマーク大阪万博1970で、パビリオンのそれは、カサ・ミラ、観客動員の秘訣はディズニーとユニバーサルスタジオか。